名誉院長より

寄稿文

2006年1月14日南海日日新聞掲載記事より

多彩な才能と多角的な視点
回帰する心、復帰運動へ
 曙夢は燃えたぎる情熱とたぐいまれな 知的探究心、豊かな感性および創造性と表現力を兼ね備えた人物である。奄美という大自然と時代の荒波にはぐくまれた天性の能力と可能性は「一種の天啓にで も接したような驚異感に打たれた」というギリシャ正教の学びと、内村鑑三やニコライ大王教を始めとするさまぎまな思想や教義、人格上の感化を受け、学生時 代の激しい自我の葛藤を通して、自らの心の矛盾を克服、統合し、展開された。
 宗教への帰依により、知性とあふれんばかりの感情とのバランスを模索しながら、曙夢は自己に内在する宇宙的な秩序を感得し、自在に生きる魂から奉仕と美を生み出していく確固としたアイデンティティーを自分のものにしていった。
 「私の信仰告白」で曙夢は「宗教を信じる前と後では私の人生観や世界観に根本的な変動を来し、物の見方や考え方が全く一変した。私は信仰において初めて 人生の意義と可能とを理解することができた。それまでの私の生活は個人的の範囲を出なかったが、その後は内面生活の拡大と共に、広く世界人類の心に生きる ようになった。周囲の自然現象や実生活の事象に対しても、以前無意味に看過ごしていたのが、後には深い意義を感得するようになった」と語っている。
 そうして、時代精神に則り、知的活動の方向をロシアに定め、一気呵成に突き進んだ曙夢は、矢継ぎ早に研究を包括的拡大し発表した。その多彩な才能と多角 的な視点は、自在に発露される創造的エネルギーと優れた表現エネルギーと相まって、文学や民族を始めとして、その範囲はソビエト・ロシアのありとあらゆる 研究に及んだ。
 そこには、ロシア平原とそこに生息する民への愛のこもった描写、「ロシア民族の偉大なる声を永久に保存する」というロシア民謡への熱い思い、トルストイ やドフトエフスキーの精神的苦悩や宗教的体験への共鳴、舞踊家ニジンスキーの創造的かつ霊的な舞踊、「スラブ民族のトスカであり、ロシア社会心理の神経質 な漂白者である」というチャイコフスキーの音楽など、豊かな人間的描写で満ちている。また、曙夢の鋭いち密な観察眼、繊細な感受性と高潔さ、謙虚さ、責任 感、倫理観、共感性、ユーモアなどの優れた資質が文書の随所に垣間見られよう。
 人間成長を図りながら自らの力を駆使し、仕事に意義と悦びを見いだして、一生懸命に世に尽くす時、曙夢は最高の満足感を覚えるのである。それは不動の信 念と目標に向かって感情エネルギーのすべてを捧げる強靭な精神であり、自分が行う仕事の内容を宗教的なレベルにまで純化してやまない姿勢であった。
 そうして実は、その多岐にわたってロシアを俯瞰するエネルギーの方向は、奄美への愛着と屈折した感情の向け変えであり、意識的にせよ無意識的にせよ、ロ シアのどこに居ても奄美への思いが影のように沿っていたように思う。自己のアイデンティティーを構成する奄美とロシアの両方の差異と類似を細やかに分析 し、ロシアを迂回して、終には奄美に回帰する心の軌跡をたどった。
 昭和二年の「奄美大島と大西郷」、昭和二十四年の「大奄美史」において、奄美を正面に見据えた曙夢は、民族の出自と文化の独自性、人間的な誇りと輝き、そして奄美への愛と希望のメッセージを託し、本土復帰運動に心血を注いだ。
 「大奄美史」の中で曙夢は「過去幾度かの受難に遭遇しながらも、よくその運命を克服し生を全うした祖先の足跡を顧みて、その中から無限の教訓を汲み取 り、これを現実の生活に生かすと共に・・・節度ある中庸の道と永遠に明るい希望の世界と新生活の建設とに向かって邁進しなくてはならない・・・凡そ民族の 幸福と繁栄とは、民族自身の自覚と発奮とによってもたらされるものである・・・たとえ今後如何なる運命の下に置かれようと、喜んでこれを迎え、与えられた 運命を自ら開拓することによって、新たに文化大島を建設し、進んで世界の平和に貢献することが出来るであろう」と表現している。
 奄美がはぐくんだ曙夢の天分の才は、環境をバネに飛躍し、自らの世界が内包する創造の頂点に立ったと思われるが、それは自分の人間的な弱さと真摯な激し い対決によって解き放たれたものである。そうして、家族、特に夫人との愛のきずなや多くの友人との協調、協力によって己を律し、己の崇高な美学を全うし た。
 奄美の一人ひとりの中には体内の中に美学的なものを含んでいる。一人ひとりが持っている奄美の美学的なものを今後、はぐくんでいくということが曙夢に一歩でも近づく鍵になるのではないかと思う。
 豊かな自我機能によって陶冶され、自己実現された高貴な精神は、すべてのエネルギーを輝き放った極度の疲労により、その清らな人生脚本を有終の美をもっ て飾ったのである。本土復帰を見届けて力尽きた。私たちを導く星のようにこれからも夜空に瞬き続けるに違いない。

 安野英紀(あんの・ひでのり) 1940年山口県徳山市生まれ。奄美病院院長。慶應義塾大学医学部卒業後、しばらく同大学の生理学教室に在籍し、電気生 理学を学ぶ。その後同大学精神神経学部に所属し、70年から臨床精神科医として東京や埼玉の精神医療に携わる。99年6月から奄美の地域精神医療保健福祉 活動に就く。奄美に足を踏み入れた最初のころ、昇曙夢の『大奄美史』を読み、その膨大なスケールと内容の豊かさ、隅々まで行き渡る篤き血潮に感動する。
2006年1月14日南海日日新聞掲載
院長 安野 英紀

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